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社長ブログ

最上町の城山を全国にアピール!

皆様、ご無沙汰。この数カ月はこのホーム・ページの立ち上げ、春・夏・秋の企画開発、手の込んだ「着たび」の実施、マスコミへの対応など、本当に信じられないほど忙しかった。長い留守、何とかお許し下さい。

今日の夜23:00から、スカパーのシアター・テレビジョン(チャネル262)で、「黒岩祐治の人材発掘」の枠の中で、私の最上町に対する思い、地方の置かれている状況に対する思い、そして具体的に我が町の「お城山」に対する思いを、30分の対談のなか話すチャンスをいただいた。もしよかったら、是非見て下さい。

一人だけの30分番組は、「人材発掘」にとっては前例がないそうだ。普通は、二人を15分ずつインタビューし、30分の番組に編集するそうだ。

 なぜ長くなったのか。それは、それなりの仕掛けをかけたからだ。「対談場所はお前決めろ」と黒岩さんに言われた時から、その段取りにかかった。長年はまっている最上町の「お城山」を舞台にしたいと腹を決め、先ずはその演出を考え始めまた。

放送日 放送時間
7月7日   23:00
7月8日   23:30
7月11日   18:30
7月14日   18:00
7月15日   23:00
7月18日   8:00
7月23日   6:00  23:00
7月24日   27:15
7月26日   23:00
7月27日   19:30

「お城山」の眺めは素晴らしいが、腐ったベンチしか座る場所がない。雨よけもない。「どうしよう」と悩んだところ、頭に雷が落ちた。「辻さんの東屋を、ここに建てよう!」と。

 辻さんとは天童市の元商工会専務理事で、フル・ネームでは辻輝彦と言う。5~10年前から素人でも組み立てられる竹の東屋を開発している。元東北電力マンで、白洲二郎の蔵王での別荘まで管理し、「山形蕎そば道」の開発者でもある貴重な存在だ。

私の真剣なお願いに応じ、本番の一週間前という極めてきつい日程の中で、辻さんとその仲間が対談収録の前日の午後3:00までに試験品の材料一式をかき集めお城山のふもとまで届けてくれました。

丁度荷降ろしをしているところで「人材発掘」のスタッフが到着し、撮影機を回し始めた。じわじわ集まってくる地元の応援者の皆さん、建材を背負って山を登り始める。20kgもする基礎石4個は、径10cmの杭で串刺しにして二人ずつ汗をかきながら上に運んだ。頂上では、地元の大工や土建業者が天童の開発者達から指導を受けながら組み立て始める。この作業は、奇跡的にも夕暮れまで完成した。最初から最後まで、このプロセスがレンズに納められた。次の日早朝、この出来立ての東屋で黒岩祐治さんとの対談が行われた。

最上町のお城山は、あまり知られていないが、保存状態が素晴らしく戦国時代の「生きるか死ぬか」という何とも言えない緊張感が未だに漂っている。その時代の激しさと儚さを来客に説明するのが、私の長年の夢の一つ。

 その夢が、思ったよりずっと早く現実になりそうだ。黒岩さんとの番組収録が終わった直後、2週間前ほどJRの旅行企画部から電話が入り、「秋物なにかないか」と尋ねられた。「私が案内するお城山ツアーはどうだ」と提案したら、JR側が「企画書を出してみろ」という返事が返ってきた。「やった!」と思い、さっそく企画に取り組み始めた。

企画の詳しい内容は後日このサイトで公開するが、「殿様弁当」の試作品ができたのでお見せすることとしよう。

「殿様弁当」は、木の箱に積んで提供するよていだが、どうしても蓋に焼き付けたい「殿様の家紋」について議論が収まらず、決定後紹介することとする。

 深い謎に包まれている「小国日向守」。「日向」という場所名は、現在の宮崎県に当たる「日向国」。最上家の「お家騒動」をきっかけに、取りつぶしにかかった徳川幕府の令により、小国日向守が「九州鍋島藩お預けの身」となったことは史実だが、「家紋」について以外と証拠が残っていない。

数年前川崎出身の「小国」と名乗る方が薩摩藩の『丸に十字』という家紋で飾った名刺を町内の関係者に配ったが、証明するのが難しく、地元の納得がまだ得られていないのが現状。

 しかし私が調べたところ、戦国時代末期には鍋島藩(佐賀県)も日向国(宮崎県)がいずれも島津氏の株組織に当たり、キリスト教を思わせる「丸に十字」を使ったなら不思議なことではない。

最上町の「小国城址」のふもとに、「きりしたん屋敷」があったという伝説もあって、弾圧を受けた九州のキリスト教の信徒たちが最上町に逃げ込んで身を隠していたことが十分想像できる。弾圧を受けた時代なら、「丸に十字」の家紋が徹底的に打ち消されたことも想像できる。

結論がでれば、弁当箱に蓋に焼き付けて、「お殿様弁当」が完成する。その私の思いの入った弁当を、竹の東屋で休みながら、殿様の見た眺めを楽しみながら、是非召しあがっていただきたい。

「封人の家」向いこだわりのそば屋開業準備中!

 

山形県最上町と言えば、「おくのほそ道」に登場する「封人の家」。町の「東の玄関口」と言われる堺田集落にある封人の家の道路向いには、長年空家になっていたもう一つ立派な民家がある。1822年に建てられたこの民家は、西塚農場の西塚幹夫社長の尽力により、近くそば屋として生まれ変わることとなった。

 西塚農場は、独自のブランド米と岩魚の養殖で知られている最上町有数の専業農家(http://wt-mogami.com/nishizukanoujyo/)。西塚社長(左)とは友人として前々からよく知っているが、この新事業開発をきっかけに益々親しくなっている。開業に向けて頑張っている西塚さんの一番大きな悩みは料理人の選定です。そば打ちに関しては西塚さんはなかなかの腕前だが、専業農家として他にやらなければならないことがあまりに多いので、経営責任者となる料理人を探しているようだ。少しでも力になろうと思って、先日西塚社長に山形のそば街道の開発に携わり、山形のおそばの世界にだれよりも詳しい天童の辻輝彦氏(右)を紹介した。

   民家とその新しい厨房とそば打ち施設を案内した上で、西塚社長が自分のビジョンを語る。いわゆる「減反そば」の利用を断念し、肘折温泉の近くで栽培された「高原そば」を主材料に使いたいと辻氏に説明した。
   高原そば100%のそば粉で、西塚社長自らで打ったばかりのそば麺。これから、ご馳走になる!
 

 品格のある個室で、そば御膳をいただく。たったの一時間前に養殖場の清らかな山水からすくいあげたばかりの岩魚がポイント。社長の奥様から二度揚げされ、頭から骨ごと食べてもOK.生臭さが全くなく、他で真似できない絶品だ。写真に写っている上品な方は、辻氏の奥様。

   食べ終わったところ、今度は辻「先生」がそば粉のイロハを説明。粒子の細かいそばよりも、いわゆる「粗引きそば」の見た目、歯ごたえ、香りのよさが人気をよぶようになった経緯を解説。
   静かに、謙虚に辻先生の評価と激励を聞く西塚夫妻。
   山形のそば会の第一人者である辻先生、この道に突入したばかりの西塚社長。今回の縁によって、西塚農場の夢が益々見えてきたのではないかと思う。今年の春、なんらかの形で開業していそうですので、おくのほそ道堺田の封人の家を訪れるときは是非道路向いの大きな民家をのぞいて見て下さい。

山形グルメ大発見!天童駅前「馳走かくれ」

誇らしく「14代」の一升瓶をかかえているそば作り名人辻輝彦と創作料理人佐藤浩基さん

私が長年参加している山形県人10数人で形成する「食いしん坊の会」(仮名)の4月月例会。
持ち回りで決まる4月の担当者は天童出身のそば作り名人辻輝彦(誇らしく「14代」の一升瓶をかかえている会の大先輩)。その左には、今から「食いしん坊の会」のために腕を振る舞う創作料理人佐藤浩基さん。「馳走かくれ」のマスターです。食事のテーブルは、10人でも快適に座れる、父親の形見として譲り受けた縄文杉の輪切り。

「今日のメニューの紹介」として、佐藤シェフがご覧の通りの豪華なネタを竹ざるに乗せて参加者の期待を大きく膨らませた。続くコースはどれも大胆な陶器皿に飾られ、食べる前に写真を撮らないともったいないようなプレゼンテーション。


「馳走かくれ」は完全予約制ですので、
私たちのような冒険的で素晴らしい食事体験をしたい方は023-657-3922まで。
JR天童駅のすぐ近くにあります。カーナビに入れる住所は天童市東本町1-1-45。
Bon Appetit!

鳩山総理の「桜を見る会」に行ってきました

  なぜか、今年初めて総理大臣の「桜を見る会」に誘われた。  大喜びの家内昌子は、共に山形から駆け付けたが、待ち受けている東京は寒かった!夜中は雪だったが、受付開始の朝8:30には冷たい雨に変わり、濡れ雪が革靴に浸透。 場所は新宿御苑。 厳重な警備の中、ちょうど総理のスピーチが終わるごろに会場に到着しまた。  どうせ何も聞こえないので、それでいいと思った。

 自衛隊のブラスバンドは予想以上にレベル高かった!休憩もせずに2時間以上頑張り続け、寒い会場の雰囲気を明るくした。本当に「ガーデン・パーティーという感じだったね。家内が一つだけクレームを付けた:「外人と比べて自衛隊のユニフォームが地味ですね」と。

  アメリカの軍人も勢ぞろい。若い海兵隊員もいれば、一緒に写真を撮らしてもらった偉い軍人もいた。どちらも、家内が行った通り征軍服が格好良かった!

 軍人たちが手にしているのは、会場で配れたお酒の升。外人は楽しいね!仕事中に升酒を飲んでいる自衛隊員は一人も見なかった。

  いよいよ本番。無数のSPが警備する花道を、閣僚が通り始めた。普天間基地の移設問題で頭が痛いはずの北沢防衛大臣は、意外と明るい表情。お気の毒だが、周りの観客は「誰だ、あの男。どこかで見たことがある」。防衛大臣になっても、名前を覚えてもらえないというのは、軍の役割を重視するアメリカと比較していいことかもしれない。

  初めて、平野官房長官の笑顔を見たような気がする!最近の記者会見では、政府内の混乱を隠すのが精一杯で、官房長官の表情はずーと渋い。家内は、「よさそうな人じゃん」と感激したが、平野さんについて前から耳に入っている評判は「鳩山に絶対忠実な男」。鳩山由紀夫さんと一緒に権力の座に上り詰めて、一緒にその座から降りる男かな、という感じだ。
 「総理、総理、こっち向いて!」と周りが騒いでいる中で、私が脳を回転させて、総理の注意を惹く方法を考えた。「総理、お久しぶりです」と読んでみたら、さすが総理でもちゃんとこっちの方に目を向いてくれた。嬉しさのあまり、その写真を撮るのを見逃してしまった。ごめんね!

  総理以上に騒がれたのは、やはり「幸婦人」。近距離から見てはやはりさわやかで上品な方だが、いつも見る写真より「歳をとったな」と感じた。旦那様の政権を助けるのに、宇宙パワーだけじゃ足りないということか・・・

  今日はラッキー!ずっと会いたかった前原国交大臣とツーショットを撮ることに成功。昔は建設業社で、今は旅行業を営んでいる私は、ずっと国交省の管轄内に生きてきている(国交省は観光庁の生みの親)。昔から付き合ってきた国交省職員は現在前原大臣の秘書官なので、いつかゆっくり話せるチャンスが来るかもしれない。現実となれば、旅行業の緩和すべき規制について説得して見たい。

  バイバイ総理!品川ナンバー70-00の黒いレクサスに乗り込み、SPに囲まれながら総理は会場を後にした。危険水域に入った支持率、迫りくる普天間問題を決着しなければならない時期、楽観できない参議院選挙。高級車に乗っている時ぐらい、ゆっくり休んで下さいね!

  ああ、楽しい花見会だった。めったに感じるチャンスのないわくわく、ドキドキの連続。やっぱり一国の総理って、支持率はどうであろうと、それなりの威力を感じさせるものだ。

 でも桜の花のごとく、権力も哀れなもの。参議院選後の政界の光景を、だれが予見できるだろうかか・・・ということを気にせずに、桜前線の山形県北部への到来をお楽しみに!

   

前森に新たに馬2頭仲間入り!

昨日ぶつ切り状態の人参一袋を提げて娘の恵美(10才)と前森の馬におやつをあげに行ったら、
噂の新しい馬、王子君(11才、セン馬)とマック(メス、12才)と初めて出会った。

王子君はとても珍しい色で、表情もなんとなく今まで付き合った馬とどこが違う

王子君は写真の通りとても珍しい色で、表情もなんとなく今まで付き合った馬とどこが違う。
話を聞いたところ、王子君は日本に数頭しかいない「クリオージョ」という南米の種類だそうです。
生まれは南米ではなく東京で、宮城県での生活を経て山形に来たようです。
どんな性格の馬か、興味津津です。

もう一頭のマックは北海道出身のクオーターホース。

マックの毛は光沢があって手触りがとても柔らかくて気持ちいい。
娘の恵美はマックのことがすぐ気に入って、他の馬が嫉妬するほどマックに一杯人参を食べさせた。

王子君、マックが仲間入りして前森の馬は合計10頭になった。
馬de朝食」でこの馬たちを使っているので、ご来県いただければ一頭一頭ご紹介します!

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